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スペシャル インタビュー Special Interview

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長期戦だった乳がん治療を乗り越えたことは大きな自信になりました。松澤 章子 さん vol.6 /プロフィール エディター 1958年生まれ。アシェット婦人画報社「エル・ジャポン」で副編集長兼ビューティデスクを12年間勤め、2010年6月に退社してフリーランスに。NPO法人CNJ認定乳がん体験者コーディネーター認定を受け、がんに罹患した人に役立つ執筆や講演などの活動もスタート。エル・オンラインのブログ「松澤章子のウェルビーなお話し」(http://blogs.elle.co.jp/matsuzawa/)にて情報発信中。

長年エル・ジャポン編集部でファッションやビューティの「今」を伝えてきた松澤さん。乳がんになり今度は「検診の必要性と信頼できる情報にアクセスすることの大切さ」を伝えていかなければと、真っ先にジャーナリスト魂が芽生えたそうです。情報で人は救われます。長期戦となった闘病期間をときに楽しみながら冷静に必要な情報を選択し、乗り切っていったそのスタンスから私たちは沢山のことを学べるに違いありません。

セルフチェックをしていれば、もっと早く対処できたかも・・・

乳がんが発覚したのは、エル・ジャポン編集部在籍中の2008年6月。マンモグラフィーと超音波の検査を受け、当日の診断結果で「乳がんの可能性あり」と告げられました。
実は数ヶ月前から左胸に違和感があったのですが、生理前の胸の張りだと思っていたのです。それより2年以上前の人間ドックで"しこりらしきもの"を指摘されて精密検査を受けて最終的に問題なしと診断されていたからでしょうね。今度もそうだろうと思い込んで検診を先送りにしてしまって。
今になって思えば、まめにセルフチェックをしていれば、もっと早くにしこりに気づけたかもしれません。何かがおかしいなと思ったとき、すぐに診察を受けるべきだったと思います。

乳がんを宣告されて、ああ、やっぱり、と。

「乳がんです」と告知を受けたときは、ホント?!と思う一方で「ああやっぱり」という感じもありましたね。マンモグラフィーと超音波の検査で乳がんの可能性を指摘され、その後、左胸のしこりの細胞を採取して病理検査を受けた結果、悪性腫瘍と認められました。
当時はエル・ジャポンの20周年を翌年に控えて超多忙な日々。その上に乳がんを宣告されて「すぐにやらなくてはいけないことリスト」で頭がいっぱいになり、衝撃を受けたり、落胆したりしているゆとりなどなかったのです。家族への知らせ、会社への報告や仕事の調整、病院選び、治療法の選択など短期間のうちに考えなくてはならないことが山ほどありました。

手術前に「抗がん剤治療」を推奨されて大きな衝撃が・・・

病院は癌研有明病院に決めました。初診のときに「がんは全身病です。これから一緒に治療をがんばっていきましょう」と言われたときにピンと来なかったのは、私自身の乳がんに関する知識が浅く、全身に影響する病であるという認識がまったくなかったからでしょう。
7月上旬から一ヶ月かけて治療法を決めるためのさまざまな検査を受けたところ、リンパ節への転移が認められたのです。主治医からは、手術前に抗がん剤の治療を受けることをすすめられました。術前化学療法といいますが、腫瘍が小さくなれば温存治療の可能性も高まるとのこと。
抗がん剤治療を推奨されたのは正直、大きな衝撃でした。ただ、がん細胞は全身に散っているかもしれないわけで、抗がん剤はそれを消滅させるために有用なことが科学的に証明されている治療法です。この局面で代替療法を選択するのは危険だと思いましたし、少し迷いはしたものの、決断は早かったと思います。それに先輩体験者のレポートを読んだりして、ある程度のことは予測できましたし、何とか耐えられる範囲かな、と。

意外に軽かった抗がん剤の副作用

手術前に抗がん剤治療を受けると決めてからスタートまでの一ヶ月は、仕事の調整と治療を少しでも快適に受けるための準備に追われました。
治療行程は、CAFという薬の投与を3週に1回で6サイクル、その後タキソールという薬の投与を毎週1回×12サイクル。トータル30週間、約7.5ヶ月に及ぶ長期間の治療計画です。8月末から翌年の4月まで本当に長かった。なんともいえないだるさ、これまでに感じたことのない疲労感、手足のしびれ、むくみなど色々な不快感に見舞われ、それが回を追うごとに蓄積していく感じ。ただ、最も辛いといわれる吐き気を一度も感じなかったのはラッキーでした。副作用はとても個人差があるものらしく、私は比較的軽かったのかもしれません。

乳がんになってからのほうが美肌を保てた?

意外に辛かった副作用は、私の場合「味覚障害」でした。「食に幸あり」のタイプなので、今まで美味しいと感じて食べていた食材なのに違う味がしたり、微妙なうまみを感じづらくなったりということにイライラしてけっこうストレスになりました。
その反面、時間のゆとりを持てたことで想定外のメリットもありました。仕事量をセーブしたので睡眠不足も解消され、野菜を多くとるなど食事に気を使っていたので、今までになかったほどに健康的な生活を送ることができたのですから。
仕事柄もありますけれど、容貌に"病気っぽさ"が出ないようにしたいと美容にはかなりエネルギーを注いだと思います。副作用でシミになるのがイヤだったので、一生懸命に美白ケアもしました。以前より透明度があがって、肌の調子は格段によくなったように思います。 仕事でおつきあいのあった美容のエキスパートの方々からもアドバイスや励ましをたくさんいただいて、それが治療をのりきる大きな力となったことを、今も感謝しています。

温存手術が成功、リンパの転移も消えた!

抗がん剤のおかげで2.5センチのしこりは1/3に縮小し、予定通りに温存手術を受けました。手術の所要時間は約2時間、翌日は体調も通常通りになり、1週間後には退院。温存手術は比較的楽と聞いていましたが、実際その通りでしたね。
手術の約一ヵ月後には女性ホルモンのエストロゲンを抑制するためのホルモン治療をスタート。その後は放射線治療が始まり、(これも長い!)30回コースを無事に終えました。
手術後には、摘出した組織の病理結果が出ました。心配していたリンパ節への転移がすべて消えていて、本当に安心しました。実は、この病理結果を待つ間が一番緊張したと思います。手術で取り去った組織の境界付近に癌細胞が残っていれば再手術で全摘という可能性も出てきますし、それだけは避けたいという思いがありましたから。

実はずっと感じていた病気へのコンプレックス

乳がんになってから、淡々と治療に臨んできたとは思います。けれども内心ではずっと病気になったことをコンプレックスのように感じていました。それまで病気らしい病気をしたことがなかったせいか、「健康じゃない自分」というのに激しく違和感をおぼえたのです。自分は病院にいるのに、撮影に取材にと元気に飛び回っている仲間を思うとうらやましくて、ここにいる自分に納得がいかない・・・。
でも、長い闘病期間を終えた今は意識が変わりました。病気を抱えながらも心を元気に保って楽しく生きている人たちが大勢いることを知ったからです。その事実は私をあらゆる意味で勇気づけてくれるし、コンプレックスを誇りに変えてもくれました。これからは乳がんに関する情報を伝えるための活動もできればと思っています。
乳がんとわかったら、信頼性の高い情報にアクセスをしなければなりません。最終的には自分の判断ですが、まずは科学的根拠に基づく治療法を優先的に検討してほしいと思います。乳がんは初期治療が大切なので、そこの判断が命の分かれ目になることも覚えておいて欲しいですね。

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