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スペシャル インタビュー Special Interview

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大切な女性に40歳からの乳がん検診をすすめるのも、乳がん患者の役目です。美容ジャーナリスト  山崎 多賀子 さん vol.1 /プロフィール 1960年生まれ。会社員、女性誌の編集者を経てフリーのライター、美容ジャーナリストに。スキンケアやメイクアップにとどまらず、メンタル・健康分野まで美容に関わる幅広い分野で長年にわたり取材を続ける。NPO法人キャンサーリボンズ理事。NPO法人CNJ認定乳がん体験者コーディネーターとして、各地で講演をしている。今年4月からは仲間と「マンマチアー」という会を立ち上げた。著書に「『キレイに治す乳がん』宣言!」(光文社)がある。

「『キレイに治す乳がん』宣言!」表紙

美容ジャーナリスト、山崎多賀子さんの乳がん闘病記「『キレイに治す乳がん』宣言!」に励まされた女性は数えきれないでしょう。この春も仲間たちと乳がんの啓発のための会を立ち上げるなど、乳がんにかかった女性たちのサポートに精力を注いでいます。「40歳を過ぎたら必ずマンモグラフィーを定期的に受けてね」おおらかに温かくこれからの女性を見守るその姿に、天命の二文字を垣間見た思いでした。ルポライターの中山み登りさんの「山崎さんに病院についてきてもらって助けられた」という言葉を始め、「山崎さんのアドバイスで闘病生活を乗り切れた」そんな女性たちからのエールは後を絶ちません。

ついでに受けたマンモグラフィー検査で乳がんが発覚

44歳のとき、生理前に不正出血があることが気になり、10年ぶりの婦人科検診を受けることにしました。40代の私の検査内容には乳がん検診のマンモグラフィーもあり、検査後に「マンモグラフィーの結果で気になるところがあるので再診してほしい」との連絡が。 3度にわたる検査の結果、乳がんが確定。幸い超早期で、100%近く治るといわれました。ただ、病巣が広いため、乳房は全摘出になると告げられ、頭の中はすっかり真っ白になっていました。病院の帰り道、夫に検査結果を報告すると「そう……。でもよかったじゃない。あなたは幸運なことに早く見つかって死なずにすむのだから。どのみち人間の致死率は100%なんだし」と落ち着いた声が。本当にそうだ、と思いました。もしも検査を受けていなければ、今もがんだと知らないまま普通に生活していたかもしれない。それなのに超早期で発見できた私はラッキーなんだと思えたら、心がスーッと楽になれました。手術当日は、病室のベッドで麻酔を打たれてから、手術室に運ばれるまでであとは憶えていません。無事手術が終わったとの医師の声とともに、リンパと乳首も温存でき、乳房再建もうまくいったことを確認できたことにひと安心。術後は胸の痛みはあるものの、経過は良好で無事退院することができました。

手術はゴールではなく、スタートだった

退院後10日が過ぎ、病理検査の結果を聞く日がきました。
がんというのは摘出した患部を病理で調べてはじめて、正確な悪性度や進行具合が判明します。先生から「侵潤(がん細胞が乳管を破って飛び出している状態)箇所が多数見つかり、いずれ再発する可能性がでてきた」と告げられ、頭を殴られたような衝撃を受けました。そのがん細胞をたたくのは、次のステージの治療、ホルモン療法と抗がん剤治療しか選択肢がありません。手術がゴールだと思っていたら、ここからが本当のスタートだったんです。
薬の種類やその副作用について説明してくれるのですが、どれを聞いても絶対にやりたくない。髪の毛が抜け、健康な細胞まで攻撃してしまう抗がん剤は絶対に嫌だし、女性ホルモンの働きを強制的に止めて閉経状態にもっていくホルモン療法も嫌。どうしても普通の生活を失うことを受け入れられませんでした

闘病中でも'普通の人'でいられる準備をスタート

担当医からは抗がん剤治療をやるなら術後2ヶ月以内に始めてほしいと言われました。そんな折、入院中に知り合ったがん友達が乳がんから肺に転移して亡くなってしまったのです。その時がんは命を落とす病気だということを痛感し、だからこそ乳がんは早期発見が必要なんだと、あらためて思いました。がんをたたく絶好のチャンスが今なのなら、体力のあるうちに両方の治療を受けようと決心したのです。
そしていよいよ抗がん剤治療をはじめることになりました。聞くところによると、個人差が激しいけれど、抗がん剤治療中はずっと寝込むわけではないとのこと。ならば、具合が悪い時以外は、できるだけ普通の人でいよう。元気なときは普段どおりに外見もキレイでいることを目指そうと決めました。

「キレイ」でいることは心まで病人にならないための防衛策

病気で辛いのに、「美容にこだわるなんてできない!」という人もいると思います。そのとおり。具合が悪いときに美容なんてやっていられませんし、やらなければいけないものでも決してありません。それでも私は元気なときは、「キレイ」でいることにこだわりたかった。なぜなら、キレイでいることが、落ち込みがちな病人の気持ちのリハビリになると信じているからです。
乳がんは入院日数が少なく、抗がん剤の治療も通院のため、闘病の場が病院ではありません。とくに抗がん剤治療中は、頭髪だけでなく全身の毛が抜けます。眉毛やまつ毛もなくなります。まつ毛がないと、目の輪郭がぼやけてきて目が弱々しくなり、とても寂しい印象に。肌もくすんでくるなど見た目にわかる副作用があるため、「こんな姿を人に見られたくない」という心理が働くと、家から一歩も出たくなくなり社会的に孤立しがちです。でもそんなとき、「こんな姿」を目立たなくする手段を沢山知っていたら、外見的な落ち込みは激減するはず
私は抗がん剤の副作用で完全に脱毛してからも、元気なときは流行のオシャレな帽子やウィッグをかぶってメイクをして積極的に出かけました。そして同じ闘病生活を送るのでも、鬱々とした日々を過ごすよりも明るく過ごしたほうがどれだけ自分にとって楽かを知りました。体が元気なときはキレイでいて、病気になる前と同じに楽しいことをする。それは、心まで病人にならないための防衛策の1つだと思うのです
現在私は、「キレイな患者」でいることのメリットを伝えるべく、月1回の美容セミナーを行っています。闘病中の人にキレイでいるためのポイントを私の経験から紹介しています。1人でも多くの女性が、「キレイ」になることで、少しでも楽に生きられるようになってくれると嬉しいです

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