• CSR社会貢献

グローバル ランドマーク イルミネーション

姫路城がピンクに染まる日

京都・音羽山の「清水寺」でのランドマーク イルミネーションは
今年で4年目を迎えます。
日本が誇る古寺がピンクリボン活動を行う理由とは?
スペシャルインタビューを通してピンクの光に込められた思いに迫ります。

「清水寺」について

「清水寺」の歴史は平安京遷都よりも古く、778年に開創されたと伝えられています。寺名は音羽山中より今もなお途切れることなくこんこんと湧き、音羽の滝に流れる霊泉に由来。1994年にユネスコ世界文化遺産に登録された名寺は“清水観音さま”として親しまれ、平安時代から今日まで多くの人々が訪れています。

1200年以上の長い歴史を持つ「清水寺」。緑に囲まれ、野鳥のさえずりが聴こえる境内には「清水の舞台」で知られる国宝の本堂をはじめ重要文化財が建ち並び、いつの時代も多くの参拝者を迎え入れてきました。森清範貫主は「清水寺」と人々との関わりを、次のように語ります。

「清水寺と聞くと、修学旅行を思い出される方が多いのではないでしょうか。私は全国各地に講話に伺うのですが、そこで老若男女の皆さんから“学生時代に行きました!”とよく言われるんですね。みんなで泊まって枕投げしてご飯を食べて…という思い出の中に清水寺がある。その入口は必ずしも信仰や宗教心とは限りません。創建当初から今日まで、そんなふうに大衆庶民の方々が気軽にお参りに来られる。普通、お寺に来るのは宗派に属する方が中心ですが、“桜が咲いたから清水に見に行こう”“紅葉狩りに行こう”といってお出でになる。ですから、ほとんどの方は信仰とは関係なくいらっしゃるわけですが、それでも鳥の声を聞き、風の涼しさに触れていると、どこかで仏の心というものを肌で感じられるんですね。古くは『枕草子』の中に、作者の清少納言が清水寺での印象的なエピソードを何度も書いていたりと、昔も今も人々に親しまれながら、1200年の歴史を積み重ねてきました」

常に人々に開かれたお寺であり続ける――そんな清水寺が「ピンクリボンの活動に賛同するのは、ごく自然な流れでした」と森貫主は語ります。

「ピンクリボンが乳がんの知識啓発のための活動であり、そのためにエスティ ローダー グループの皆さんがご尽力されていると知り、それは素晴らしいことをやられているなと。大衆と共に歩んできた清水寺だからこそ、ライトアップに参加することで、信仰のあるなしにかかわらず、多くの人に訴求できるだろうと思いました

エスティ ローダー グループにとっても清水寺のライトアップ実現は、乳がんに対する意識を高め、ひとりひとりの行動を呼び起こすために非常に大きな意味を持つものでした。とはいえ、実際にお寺をピンク色に点灯するまでには、さまざまなハードルを越える必要があったのではないでしょうか。

「いや、そういう苦労はなかったんですよ。なぜなら、ピンクリボンの目指すのものが、清水寺のあり方、観音さまの教えにそのまま合致していたからです。仏教の根本は宗派を問わず、このかけがえのない命をいかに大切にするかという命の思想です。命の尊さはみな平等であり、人間誰しもが病気になりますし、必ず老いていきます。つまり、私たちは共に生きているわけです。
 がんになることもそうですが、人生には辛いことがたくさんあります。だからこそ、お互いを大切に思い、守り、共に悲しみ、喜び、楽しみ、手をつないでいきましょうと。そうした横のつながりが、仏教の社会福祉の原点なんですね」

それはまさにピンクリボン キャンペーンがめざすもの、「皆で力を合わせ、乳がんに打ち克ちましょう。」というスローガンにピタリと重なります。

かけがえのない命への思いを共有する時間

2013年10月1日、森貫主が点灯式に参加し、初めて「清水寺」がピンクの光に照らされました。「ピンクリボンの揮毫もして、ここからがスタートだなと思ってとてもワクワクしたのを覚えています」
以来、清水寺では毎年10月1日、本堂をピンクにライトアップし、無料夜間拝観を実施。さらに乳がんで亡くなった方への追善供養法要も行われており、一夜に5000人以上の参拝者が訪れるそう。一方で大変人気のある観光地でもあるだけに、「ライトアップの趣旨を伝えることも大事」だと大西さんは言います。

「たんなるイルミネーションではなく、あくまでも乳がんの知識啓発活動なのだと、できるだけ大勢の方に知っていただくことを常に念頭に置いています。そうした思いから10月1日に寺の門を開ける際には、皆さんにライトアップの趣旨をお伝えし、賛同してくださる方はどうぞ無料で、とお話ししています」
 森貫主はこう続けます。
「毎年、10月1日の夜間拝観開始前から大勢の人が並んでくださり、拝観時間が終わってからも門前でずっとピンクに染まった空を仰いでいらっしゃるんですね。年々、清水寺のライトアップが皆さんに浸透し、親しまれているのを感じています。活動を継続することもまた、大きな力になると思っています

お預かりした人の心を届ける

 ピンクリボン活動にかぎらず、清水寺は“発信するお寺”としていち早くInstagramを活用し、四季折々の自然や年中行事、お寺の建物や仏像などを掲載。その美しい風景は全世界で話題を呼んでおり、155000人以上のフォロワーがいるほど。伝統があるお寺でありながら、常に発信し続けることを忘れない――その理由を大西さんはこのように話します。

「清水寺に来て初心を思い出したり、志を再確認したり、誰かの無事を祈ったり、病からの回復を願ったり、という方たちがたくさんお参りにいらっしゃいます。お寺というのは、そうした人の思いがずっと積まれてきた場所だといえます。ですから寺としては、お預かりしたお心、思いというものを皆さんからのメッセージとして、世の中に発信していく責任があると思うのです」

 さらに「時代の変化と共に、寺も変わりながら責任を果たすことが重要」だと森貫主は付け加えます。

「それこそ1200年前には、乳がんは発見されていなかったでしょう。それでも、いつどんな時代も病気になれば人は祈るもの。もちろん祈ったからといって病が癒えるわけではありませんが、祈らざるをえないのが人間です。仏も神も関係なしに、ただひたすらに祈る。祈りとは相手のそばに立つことであり、それこそ純粋な命への思いですよね。そして祈ることができたということによって安らぎが得られる。祈りというのはそういうものだと私は思っています」

 世界各地のランドマークがピンク色に染まる日、国や文化を超えた人々が乳がんのない世界を願い、それは未来への希望へとつながっていきます。最後に、森貫主に清水寺がめざすもの、乳がんと闘っている方たちにメッセージをいただきました。

「清水寺はいつの時代も変わらずに人々の心に寄り添い、大衆と共に歩んできました。ピンクリボン活動しかり、これからも時代に応じたアピールの仕方で命の大切さを訴えていきたいと考えています。
 私たちは病から逃れることはできません。いつ何時、誰もが病気になるかもしれません。ですから病になった時には、まずは専門医の方たちの話をよく聞いて、前向きに考えて生きていく。そういう気持ちを養っていただきたいと思います」

 清水寺の命への思いと、ピンクリボンの活動テーマ「皆で力を合わせ、乳がんに打ち克ちましょう。」が自然と重なり、共鳴し合い実現した「清水寺ライトアップ」。1200年以上続く清水寺の奥行き、深さというものがあったからこそ実を結び、継続できているのです。あらためて森貫主をはじめ清水寺の方々、ピンクリボンの趣旨に賛同してくださるすべての皆様の温かく力強いご支援に心から感謝申し上げます。

 2016年のエスティ ローダー グループの日本でのグローバル ランドマーク イルミネーションは清水寺本堂をはじめ、姫路城、東京タワー、東京スカイツリー、今年から加わる東急プラザ銀座の全部で5ヶ所になります。このピンクの光を通じて、一人でも多くの方に乳がんの正しい知識を持つことや検診の大切さを伝え、女性、男性、世界中の人々が健やかで美しく活躍する毎日を過ごせるように願っています。

森清範(もり せいはん)貫主

1940年、京都・清水に生まれる。1955年、当時の清水寺貫主・大西良慶和上のもと得度・入寺。1988年、清水寺貫主・北法相宗管長に就任。毎年12月に発表される財団法人日本漢字能力検定協会主催の「今年の漢字」において、公募で選ばれたその年を表す一文字を清水寺の舞台で揮毫していることでも知られている。

大西英玄(おおにし えいげん)

1978年、京都府・清水寺成就院に生まれる。2004年、清水寺に入寺。現在は清水寺の執事補として、山内外の法務を務める。祖父は清水寺中興の祖、故・大西良慶和上。

音羽山 清水寺
http://www.kiyomizudera.or.jp/

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